□ 29 November 2017


大学時代に屋久島の縄文杉に出会ったとき、私は全身の血が震えるような感動を感じ、気付いたら涙を流していた。

縄文杉は私に自然の力強い営みや生と死の循環、何千年も前の人々の生活や思想、

近代化によって木々が伐採され環境が変わってしまった時のことを語りかけてきた。そしてそれを伝えてくれないかと。


私が生まれる遥か以前から死んでも続くであろう長い時間の中で起きているあらゆることのほんの一瞬、

その断片に触れる時、私の想像を越えて何だかぞくっとする。それらは私にとってどんな意味を持つのだろうか。

故に私はリサーチや体験を通して自分なりの意味や疑問、価値を発見し自分なりの新たな方法で提示したい。


私はよく〈自分が作ること〉と〈自分が作らないこと〉を意識的に組み合わせて形にする。

それは自分と自分の外界で起きているあらゆるものの事象や歴史、時間をも作品の中に取り込み、

その関係性を問いたいと考えているからである。



□ 3 June 2016

私はインスタレーション、立体、映像、版画と様々な表現方法を用いるけれど、
その根底には一貫したテーマがある。
建築を勉強していた時、自然エネルギーをいかに使うか、自然の美しさをいかに建築内部空間に取り込むか
といったことに興味を持ち取り組むうちに、
自然は人間に利用・消費されるモノなのか? 自然とは何か? 人間が生きるとは何か?
という疑問が起こった。
これを追求することが私にとってのアートである。


□ 3 June 2016

“Rothko said his paintings were moral statements and I really linked to it…”
(by David Nash, quoted from Art Nature Dialogues) そして私の作品もまた、これにリンクすると思う。